←☆もう志賀海神社の石段が見えます。登り口には“清めの砂”が置いてあるので、身の回りに軽くまき お入り下さい。写真の右手に見える石柱は、官幣小社(明治以降は宮内省から)を賜ったと碑に書いてあります。
 

この鳥居は先程の石段を登るとある二の鳥居です。この鳥居には“開門は午前6時〜閉門は午後5時半です”と書いてあり、この先の楼門の開閉の時刻が記されています。    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



                   

しばらく歩くと左手に社(やしろ)があります。志賀海神社の末社で《“印鑰社(いんやくしゃ)”と言い、雁ノ巣航空隊にあった奉安殿の移築とともに合祀された社》だそうです。
すぐに志賀万葉第一の歌碑があります。車で来られる方は、当ホームページの【志賀万葉歌碑】のページをご覧下さい。歌碑のマップや内容が解ります。
右の石塔は、“石造宝篋印塔”(せきぞうほうきょういんとう)と言って宝篋印陀羅尼経を納めた塔で、石塔婆(いしとうば)の名称で知られています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・→

完存する宝篋印塔としては県内最古(1347年建造)であり福岡県指定有形文化財に指定されてるそうです。

平成17年3月20日の福岡市西方沖地震の影響で県内最古の宝篋印塔は倒壊しました。(平成17年10月11日の様子がマウスをのせると見ることができます。)今現在は、元のように復元され、安置されています。
宝篋印塔について知りたい方は下記をクリックして下さい。
日本廻国六十六部供養塔 矢切の石塔
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