志賀海神社の略記

志賀海神社(しかうみじんじゃ)は、福岡県福岡市東区志賀島の南側に位置する神社。龍の都とも呼ばれ、表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)・仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)・底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)の三柱を祀る。全国の綿津見神社の総本宮である。代々阿曇氏が祭祀を司る。

歴史

* 創建は明らかではないが、現在の志賀島北部の勝馬地区に古くは三社が建てられていた。
*筑前国風土記に神功皇后が三韓征伐の際に志賀島に立ち寄ったとの記述があり、阿曇氏の祖神である阿曇磯良が舵取りを務めたとされる。
*2世紀から4世紀の間に底津綿津見神を祀る表津宮が島南部の勝山に遷座され、それに併せて仲津綿津見神と表津綿津見神も祀られる。
*貞観元年(859年)に従五位上の位を賜る。
*康保4年(967年)に施行された延喜式神名帳には名神大社と記載。
*中世、末社375社、社領50石、奉仕する者百数十名と繁栄した。
*豊臣秀吉、大内義隆、小早川隆景、小早川秀秋、黒田長政等が寄進。
*今から約350年前、現在の社殿が再興。
*大正15年(1926年)、官幣小社となる。
*平成16年(2004年)、平成の大改修。
*平成17年(2005年)、福岡県西方沖地震により一部損壊する。


施設

* 本殿・拝殿

本殿の左殿に仲津綿津見神、中殿に底津綿津見神、右殿に表津綿津見神が祀られる。左殿には併せて神功皇后を、中殿には併せて玉依姫命を、右殿には併せて応神天皇をそれぞれ祀っている。

* 石造宝篋(ほうきょう)印塔

貞和3年(1347年)の日付がある。

* 鹿角堂(ろっかくどう)

拝殿前の広場の隅にある建物。狐格子がはめられ、奉納された鹿の角が建物を埋め尽くしている。

* 亀石

神功皇后の三韓征伐のおり、阿曇磯良が亀に乗って皇后らの前に現れた故事にちなんで後世奉納されたもの。

* 摂社

沖津宮(勝馬地区)、仲津宮(勝馬地区)、今宮神社(境内)、弘天神社、大嶽神社

* 末社(20社)

資料提供志賀海神社
H20年2月更新