志賀島の蒙古塚(もうこづか)
西暦1274年文永の役で攻めて来た蒙古軍の船が座礁し際に、兵士百余名が捕虜となり、半数は京へ残りの兵士は太宰府水城の地で処刑となり、その兵士達の供養のために建てられたのが蒙古塚です。

昭和初年に大整備が執り行われ、日中好交として同3年3月7日に蒙古軍供養塔が序幕されていましたが、平成17年3月20日の福岡西方沖地震の為倒壊、平成19年9月8日に新らしい塚が再興されました。

施主 正興山勝立寺

再興された供養塔
福岡西方沖地震以前の蒙古供養塔
以前、塚があった石段を上った岬の上には日蓮上人の形像が建立されていました。
また、昇り口前の道をはさんで、海岸側に6号万葉歌碑があります。